ペラリ。配られたプリントを捲ると、そこには眩暈を起こしそうなくらいの数字の羅列があった。数学の先生の小テストは容赦が無いことで有名だけれど、これは・・・。問題に取り掛かる前に既に頭がパンクしてしまいそうだ。


パンクしそうな頭を片手で抑えていると、カリカリ、と音がした。チラリと横目で隣りを伺ってみればサソリくんが問題を解いている音だった。さすがだ。すごい。思わず感心したままぼうっとしていると、先生がわたしの机の端をコンコンと手の甲で叩いた。びっくりして顔をあげれば先生は口パクで「早くとけ」と言う。みんなの前で声に出して注意しないところが、この先生の優しいところだ。小テストは、容赦ないけど。


へへ、と愛想笑いのような何だか良くわからない笑顔を先生に見せてからようやく取り掛かる。シャーペンの先で問題文をなぞってみる。ん?と思う。


この問題、あの問題に似てる。ルーズリーフの二枚目の、半分より下あたり・・・・・・・先生、本当に昨日の授業から、出した。わたしは内心大きくガッツポーズをする。だって、昨日のわたしが、帰ってきてから、お風呂に入る前、寝る前、どれだけの時間あのルーズリーフを眺めていたことか。カリカリとプリントの上を走るシャーペンの音が、何だかすごく誇らしかった。












止め。先生がそう言った途端、狭い教室中で盛大なため息が飛び交った。わたしもふうと息をついてから、ふと視線を感じて顔を向ける。サソリくんが頬杖をついてこっちを見ていた。カチリと目が合って、思わず息がつまる。色の抜けた赤銅色の瞳は、やっぱり何度見ても吸い込まれそうになってしまうのだ。


「ちゃんと出来たか?」


そう言ってサソリくんは少しバカにしたように笑う。
・・・あ、この顔、よくデイダラに見せてた顔だ。それに気がつくと何だかすごく嬉しくて、へにゃりと顔が緩んだ。


「うん!」


珍しくはっきり返事をしたわたしに驚いたらしいサソリくんは一瞬目を丸くして、それから再びさっきの笑顔をわたしに向けてくれた。その笑顔、好き、だなあ。サソリくんだったらどんな表情でも好きだけど、何だか距離が近くなったような、そんな錯覚に陥って、幸せな気分になれる。
こうやって一つまた一つとサソリくんが新しい表情をわたしに見せてくれるし、わたしも新しい表情をサソリくんに見せるのだろうか。次の席替えまでの限定かもしれないけれど、わたしはその時間を有効活用したい。がんばりたい。サソリくんと、少しでも記憶を一緒にしたい。


「貸せよ」


サソリくんは綺麗で大きな手のひらをわたしにずいと出した。わたしは大人しくプリントを渡して、それからサソリくんのプリントを受け取る。数学の小テストはいつも、隣りの席同士で交換し合って、先生が黒板に書いた解答を見て採点する。そのことは分かっていたから出来るだけ丁寧な字で書くように心がけたけど、どうだろう。サソリくんの綺麗な字に比べると、やっぱり恥ずかしくなってしまう。サソリくんがついさっきまでカリカリと書いていた綺麗な方程式を見つめながら、そう思う。
筆箱の中を見て少し考えてから、取り出しかけていた赤ペンを戻してピンク色のボールペンを手に取った。サソリくんに初めてちゃんと話しかけるきっかけになった、あのボールペン。












「すごい、サソリくん、全問正解・・・!」


100、とわたしのいびつな字で書かれたプリントを返す。上手に丸をつけようと思ったらどれも綺麗な丸になってくれなくて、折角の綺麗な方程式が台無しになってしまった残念なプリントだ。けれど100の字だけは、堂々と書いておいた。


「・・・普通のやつならそれくらい出来るだろ」
「そ、そう・・・なのかな・・・」
「小テストだからって気ィ抜くから平均点低いんじゃねぇのか」


サソリくんはそう呟いてから、


「だが・・・まあ、にはすげぇことなんだろ」


と言う。
サソリくんは薄く笑ったままでわたしの心臓はそれのお陰でいつ爆発してしまうかわからないドキドキを持った心臓になってしまって、「え?」聞き返すと、サソリくんはプリントを渡してくれた。綺麗な丸がたくさんついてる、わたしのプリント。


「・・・え、うそ・・・」


初めての100点だった。


「サソリくん、見てこれ、100点・・・!」
「・・・フン、採点したのはオレだぜ」
「あ、そっか、ごめん!何か、すごく嬉しくて・・・」


サソリくんは、やっぱりすごい。いつも点数が悪くて先生に怒られていたわたしが、100点だなんて。小南に前聞いた事があったけど、頭が良い人だってケアレスミスはしてしまうから、なかなか100点なんて取れないらしい。数学は、体育と同じくらい、苦手だった、のに。


「どうしよう・・・」


たかが小テストで100点を取ったくらいで浮かれすぎでどうしようもない。中間テストでもなければ、期末テストでも無いのに。それでも、この点数にサソリくんが関わっているのだと思うと、何だかかけがえの無い数字に見えてくる。両手でプリントを手にしたままじいっと見つめていると、クッとサソリくんが笑うのが分かった。今日のサソリくんは、昨日と違ってよく笑う。どうしてだろう、一瞬思ったけれど、わたしの頭はふわふわしていてそれどころではなかった。


「な、なに?サソリくん」
「いや・・・喜びすぎじゃねーか」
「だって・・・あ、そっか、サソリくんは頭いいもん」
「は?」
「運動も出来るし、すごいな。サソリくんに出来ないことってなさそう」


ふわふわした頭のままぺらぺらと喋ると、サソリくんは暫く瞬いてから、「そうでもねぇぜ」と言った。


「オレにだって出来ないことくらいある」
「え・・・想像、つかない」
「・・・例えば、」
「たとえば?」
「デイダラみてーに振舞うこと」


サソリくんの発した言葉は出来るだけ理解したいのだ。だからわたしも頭をフル回転させてその言葉の意味を考えたのだけれど、結局数学の小テストで100点を取れたにも関わらず頭が悪いわたしには、分からなかった。どういうこと?と聞くことも出来たけれど、これ以上馴れ馴れしくぺらぺらと喋ってサソリくんに嫌われてしまったら叶わない。
・・・あ、そうだ。


「サ、サソリくん」
「なんだよ」
「今度の大きいテストの前に、数学教えてもらってもいい・・・?」


ぎゅうと机の下で握りこぶしを作って尋ねる。図々しいけれど、馴れ馴れしいけれど、思ったのだ。わたしは、この限定付の時間を、精一杯サソリくんと過ごしたいと。精一杯、がんばりたいと。両思いになりたい、とかじゃない。ただ、サソリくんと一緒にいて、あわよくば話せたりしたら、それはすごく・・・すごく、幸せなことだ。
















#10 ひとりきりゆびきり



「フン 貸し、二つに増えるぜ。後でちゃんと返せよ」
「!・・・うん!」