「黙って見てねーで手伝えよ・・・うん」


最近少しずつ暑くなってきた。暑いのが苦手らしいサソリくんは、1時間目が始まるよりもずっと前に保健室へと姿を消してしまった。今日も一日サソリくんと一緒にいられる、と張り切っていたわたしは取り残されてしまったような気分になり少し落ち込んだけれど、それよりもサソリくんの体調を心配した。青白い肌のサソリくんは、見るからに体力がなさそうで、暑いのが苦手そうだ。
そんなこんなで気が緩んだのか授業中うっかり居眠りをしてしまったためにいつも以上にぼんやりする意識のまま、もうすでに日課となっているデイダラ観察を行っていると、デイダラは口を真一文字に結んだままわたしに黒板消しを渡した。どうやら黒板の字を消せということらしい。黒板消しを渡されて黒板の字を消す以外のことを頼まれたことがないので、きっとそうなのだろうと確信する。


今日は日直なのだ。わたしではなくデイダラが。


どうしてわたしがと思いながらも、特別することもなかったのでその黒板消しを受け取った。わたしのクラスは確か二人一組の日直制だったはずだけれど、デイダラの相方は何をしているのだろう。あのサボりたがりのデイダラが黒板を消しているだなんて。黒板の端をチラリと見て、首をかしげる。


「デイダラ、ゼツくんどうしたの?」


席を立ちながらそう尋ねれば、デイダラは相変わらず真一文字のままわたしをジッと見て、それから顔をしかめた。


「オイラが知るかよ、うん」


オイラが知るかよって、だってデイダラの今日の相方はゼツくんで、隣の席なのに。
何がどうなっているのかわからないけれど体の大きいゼツくんは、いつの席替えだって席を指定されてしまう。ゼツくんが前の方の席になったら、後ろの席の人が困るからだ。だからゼツくんはいつも、教室の廊下側の一番後ろ、そこが指定席になっていた。何がどうなっているのかわからないけれど二重人格のゼツくんは、別にいいんだと穏やかに言ったり、フザケルナナンデオレダケ指定ナンダと怒ったり、一人で忙しい。


「あ、忙しいと言えば、確かにゼツくん最近忙しいみたいだよね」
「忙しいと言えばって何だよ、うん。全然話が繋がってねーぞ」


そう言ってデイダラがバカにしたように笑うので、わたしは少しむっとする。でも覚える。デイダラは、ここで笑う。ここで私のことをバカにする。わたしが最近こうやって自主的に物事を考える理由の真ん中にはいつもサソリくんがいて、最近わたしが始終デイダラ観察を行っているのも、当然のようにサソリくんが理由だった。


『デイダラみてーに振舞うこと』


数日前サソリくんが言った言葉が、わたしの中にずっともやもやととどまったままだった。だってサソリくんは勉強も出来て運動も出来て少し意地が悪いけど基本的には優しくてかっこよくて、とにかく完璧なのだ。デイダラだって、他の人から比べたら完璧の部類に入るのかもしれないけれど、とにかくサソリくんがデイダラみたいに振舞えない、と言った真理が知りたかった。よくばり、だけれど。わたしはサソリくんのことをあまりよく知らないので、こうしたときに出来るだけ多くのことを知っておきたいと思うのだ。


もしもサソリくんのあの言葉の意味をわたしが理解することができたのなら、また一歩サソリくんに近づくことができるのかもしれない。・・・やっぱりよくばりだ。


「ほら、この間転校してきた後輩が、ゼツくんの知り合いだとかなんだとかで、面倒見てるって」
「あ?・・・ああ、そんな話もあったな・・・うん」
「ペインが頼んだんだっけ?」
「確かな。にしてもまだ面倒見てんのか。ゼツの旦那も律儀だよなあ、うん」


のんびりと言うデイダラは別段ゼツくんがそれを理由に日直の仕事をしていないことに対して怒ってはいないようだったし、それどころか気にしてもいないようだった。ゼツくんは普段(半分は)真面目だから、こういうときに少し仕事が出来なくたって、信頼されている。それはデイダラも同じなようだった。いきものがかりのゼツくんが毎日水をあげているお花たちは、今日も教室の隅で元気に私たちを見上げているのだ。


そしてそんな信頼されているゼツくんだから、ペインにも頼まれたんだろう。わたしがペインだったら、間違ってもデイダラや飛段に後輩の面倒を見てくれだなんて頼まない。頼めない。
それに話によると、その後輩はなんだか不思議な男の子らしい。あまり周りにいないような、けれどどこにもいそうな。でも人目を引く容姿をしているらしい。どんな美少年なのだろう、とわたしはぼんやり思う。サソリくん以上の美少年も、いないような気がするけれど。


「後輩、か」


気がつけばデイダラは同じところばかり消しながら、機嫌が悪そうに唸った。わたしはデイダラが消し損ねたところを背伸びして一気に消すと、デイダラの顔を見上げる。微風の冷房にデイダラの長い髪がさらさらと揺れていて、何だか綺麗だと思った。


「どうかしたの?」
「いやその後輩ってのがとんでもねーやつでよ、うん」
「あ、デイダラも知り合い?」
「知り合いっつーか」


ハッキリしないデイダラに首をかしげていると、ガラリと教室前方の扉が開いた。扉のすぐ傍に立っていたわたしたちは揃ってそっちを見る。サソリくんが帰って来たのだろうかと飛び上がりそうになったのだけれど、そんなことではなかった。


学校内なのに不思議なお面をつけた背の高い男の子がわたしたちを見下ろしている。お祭りが好きな子なのかなあ、と思ったけれど、そのお面はどことなく冷たく静かな怖さを含んでいた。わたしは思わずぶるりと震える。不思議なひとだ。不思議なのなんて、干柿くんやゼツくんとかに比べたら、全然一般人なんだけれど。
彼は真っ直ぐデイダラの方へ顔を向け「あっ」短く声を上げた。想像していたよりもずっと快活な声だった。「げ、」隣でデイダラが声にならない声を上げる。


「いたいた!デイダラセンパイ!」
「何の用だよ・・・トビ」


何が何なのか。すっかり蚊帳の外なわたしは二人の顔を交互に見る。するとお面の男の子の後ろに見間違えるわけも無い大きなシルエット――ゼツくんが立っていたから、なるほど彼がついさっきまで話していたゼツくんの後輩かと納得する。想像していた子と随分違っていた。あのゼツくんが面倒を見るくらいだから、もっともっと、すごーく大人しくて弱気な子なのかと思っていたのに。けれどなるほど、人目を引く容姿をしている。・・・これは、容姿といえるのだろうか。
目の前の男の子は、さほど遠くも無い位置に立っているデイダラに向かってぶんぶんと手を振る。お面をつけているから分からなかったけれど、すごく楽しそうな笑い声が無機質の物体の中から聞こえてきた。


「センパイが話してた子に会ってみたかったんですよ!アハハ!」


ぐるぐるとうずまくお面がぴったりだと思った。彼はなんだか、台風のような子だ。
















#12 ハリケーン!



そしてわたしは気がついた。彼が巻き起こす台風に、すっかりわたしは巻き込まれてしまっているらしいと。