『デイダラさんと付き合ってるってホントですか?』


ふとトビくんの言葉を思い出して眉根を寄せる。相変わらずデイダラの考えていることは、理解できない。
・・・見栄、だろうか。
じりじりとまるでフライパンの上にいるような日差しから逃げるように早足で玄関に入る。入って、一息ついて、パタパタと手で顔をあおいだ。カバンの中からペットボトルを出そうとあさってみたけれど、残念ながら今日は持ってきていなかった。仕方がなく下駄箱と向き合う。


・・・やっぱり、見栄、だろうか。
わたしが昨日一晩考えて出した答えが、これだった。デイダラはあの転校生のことをあまり良く思ってはいない・・・というよりも振り回されて困っているようだったし、先輩として、彼女の一人や二人くらいいたほうが、格好がつくのかもしれない。売り言葉に買い言葉で返すのはデイダラの悪い癖だ。


「うーん・・・」


もしそうだとして、もし頭の悪いわたしが考えて出した答えが当たっていたとして、どうしてその相手がわたしなのだろう?もっと身近にいる子とか、かわいい子にしておけばよかったのに。下駄箱から上履きを取り出して履き替えると、普段あまり使わない頭を使ったからかフラリとよろけて、びっくりした。慌てて下駄箱に手をついて体勢を立て直す。ふうと息をはくと同時に、少し離れたところに誰かが立って同じように下駄箱を開けているのが視界の端にうつった。


「何やってんだ、パンツ見えんぞ・・・うん」
「え、あ、うえ、デ、デイダラ!」
「・・・何だよその反応。別に見えてねーっつうの」
「・・・・・・うん」


スカートを抑えたまましどろもどろになるわたしをデイダラは怪訝な顔でじいっと見る。チクチクと刺さる視線が痛くて思わず俯く。どうしたんだろう、どうしたんだろうこれは。何かがおかしい。どうしてこんなに、わたしが焦っているのだろう。あの転校生に勝手な嘘をついたのはデイダラだし、その対象に勝手にわたしが選ばれただけで、なんとなくで、それなのにどうしてこんなに、わたしが焦っているのだろう。なんだか、居心地が悪い。


「あれ、お前らなにやってんの?」


廊下の方から声が聞こえて思わず顔を上げる。デイダラの肩のさらに向こうに、男の人がぼんやり立ってこちらを見ていた。「あ、先生」呼びかけると、先生は頭を少しかいてから、目を細める。デイダラが不機嫌そうな顔で先生を振り返るのが分かった。


「朝からいちゃつくのも結構だけどね、もうチャイムなるから、さっさと教室に向かってちょうだいよ」
「い・・・、ふっざけんじゃねぇぞクソ教師!何でオイラがこいつといちゃつかなきゃなんねーんだ、うん!」
「はいはい」


デイダラがまるで漫画のように怒るので、わたしはその様子がおかしくて少し笑う。なんだ、いつもどおりだ。いつも通りのデイダラで、わたしもそんなにしどろもどろになる必要など、ないのだ。
すばやく上履きに履きかえて、ぺたりぺたりと音をたてながら先生に近づく。


「先生がこんな早くに学校くるなんてめずらしい」
「まあね、今日は朝一番で今度の特別授業の会議があったから」
「はあなるほど」


それには遅刻したというわけだ。担任のカカシ先生は遅刻癖がある人で、いつも朝のホームルームは副担任の先生が代わりにやってくれている。サソリくんがそれに苛立って何度か眉根を寄せて副担任の先生を睨んでびっくりさせているのを、わたしは見たことがある。


せっかくなのでカカシ先生と一緒に教室に行くことにした。そろそろチャイムがなりそうだったけれど、いくらチャイムが鳴ったって担任の先生より先に教室につけばセーフだ、とわたしは勝手に思っている。なにせ担任がこのカカシ先生なのだから、遅刻は割りと大目にみてくれるのだ。数日前必死に遅刻になるまいとあの下り坂を走った記憶がぼんやりと脳内に映し出される。今日はあの日ほとじゃないにしろ走ったし、ここ最近はなんだか毎日のように遅刻しかけている気がする。デイダラと会うのがその証拠だ。


「・・・あれ?そういえば、デイダラは」


カカシ先生と並んで廊下をぺたぺた歩いていると、気がつけば玄関の辺りからデイダラが一緒に来ていないことがわかった。違うルートで教室に行くらしい。「オレも相当嫌われてるね」勘のいい先生は分かりやすいデイダラの思うところなんてお見通しらしく、苦笑しながらそう言った。
いつもマスクをつけているカカシ先生の表情はわかりにくいから苦笑しているのかしていないのか良く分からなかったけれど、カカシ先生が困ったように眉をハの字にしたときは、大抵苦笑しているのだとわたしは勝手に思っている。カカシ先生はなんだか苦笑が似合うような気がしているからだ。もちろんいい意味で。


ふらり、と目の前の廊下に現れた後姿にわたしはびくりとする。階段を下ってきたらしい男子生徒は、気配に気がついたのか顔だけ振り向いた。昨日の転校生、トビくんだ。トビくんはわたしに気がつくとこちらに一歩足を踏み出そうとしたけれど、その隣のカカシ先生を見るなり足を止め、わたしにちらっと手を振ると再び踵を返してさっさと前を歩いていった。どちらかといえばいろんな生徒に好かれているカカシ先生だけれど、デイダラだけじゃなくやってきたばかりの転校生にもあまりよく思われていないらしい。もちろんトビくんの一連の動作に気がついたカカシ先生は、再びゆっくりと苦笑した。


「ああ、そういえば」
「はい?」


苦笑を止め、カカシ先生は見覚えのある冊子をわたしに手渡す。意味がわからないままわたしはそれを受け取る。


「なんですか?」


素直に聞けば、カカシ先生は少し驚いた顔をしてから「あのねえ」と呆れたように言った。


「今日、とサソリ、日直でしょうが」


他のクラスは少々違うらしいけれど、わたしのクラスは隣の席の子と二人一組になって日直をする。一日交代制。よくみる、典型的な日直のかたちだ。廊下側の一番後ろの二席、デイダラとゼツくんが昨日日直だったのだから、そうだ、冷静に考えてその次の日は特等席であるわたしとサソリくんが、日直なのだ。
特等席であるわたしとサソリくんが、日直なのだ。














「ああ・・・そういえばそうだったな」


今日日直であるらしい旨を、カカシ先生から渡された冊子、というか日誌をサソリくんに見せながら言うと、サソリくんは別段驚いた様子でもなく、黒板をチラリと見ると視線をわたしに戻し、面倒くさそうに頷いた。つられるようにしてわたしも黒板をチラリと見る。一番右端に、日付と曜日が書いてあって、その下に、 サソリ  と縦に並んで書いてあった。これが小学校なら相合傘のひとつやふたつ書いてあるのかもしれない。そう考えるとなんだかにやけてしまって、改めてこの特等席の持つ特別さを実感する。


「サソリくん、もう体調大丈夫?もしつらかったら、わたしが全部仕事やるからね!」


わたしは小学校の時から日直が好きだった。月に一、二回しかまわってこないし、なんだか特別な感覚があったのだ。自分が日直の番になると無駄にはりきってしまうのが、癖というか、もうすでに習慣だった。小さくガッツポーズを作って見せれば、サソリくんは薄く笑って、


「そういうわけにもいかねーだろ」


と返す。どういうわけにいかないのかいまいちわからなかったけれど、サソリくんが言うなら、そうなんだろう。


わたしはとにかく一日ぶりのサソリくんとの会話が嬉しくて、しまりのない顔を恥ずかしげもなく晒しながら会話を楽しむ。サソリくんが見せてくれる笑顔やなんでもない仕草や、そういうのを楽しむ。どうしようもないな、と思う。昨日結局サソリくんは一日中保健室にいたらしく、聞いた話によれば保健室の先生とコーヒーを飲みながら長々と話し込んでいたらしい。保健室の先生は温厚で優しくて、サボりに来た生徒もあらかた受け入れるし、生徒の相談にも乗ってくれるし、昨日のサソリくんみたいな生徒と一日中話をしていることが、よくあった。サソリくんも保健室の先生もあまりお喋りには見えないけれど、いろいろと気が合ったのだろう。


けれど相変わらず暑さにやられているらしいサソリくんが何だか心配になってきて「今日は行かなくて大丈夫なの?」聞いてみたら、「昨日行ったばかりだからな」と当然のように返された。基本的にサソリくんはすごく真面目だ。


「それに今日は日直だろ」


やっぱりすごく、真面目だ。
なんだかそれが嬉しくて、わたしはへらりと笑う。サソリくんとの日直だ。今日は何をするにも、きっとサソリくんは日直の相方であるわたしのことを一瞬くらいなら考えてくれるだろうし、わたしも・・・わたしはいつものことだけれど、とにかくサソリくんのことを考えていられる。特等席の特権。
サソリくんの隣の席の、特権だ。


















#14 上を向いて足踏み



『デイダラさんと付き合ってるってホントですか?』


ふとトビくんの言葉を思い出して眉根を寄せる。相変わらずデイダラの考えていることは、理解できない。
けれど日誌を視界に入れたとたん、顔中の筋が緩むんだ。現金だ。まだのんびりと教室に残っていたらしいカカシ先生がまたゆっくり苦笑したのが、わかった。