「がーん」


あまりにもショックだったのでわたしは思わず声に出してそのショック加減を伝えてしまった。それにデイダラがふきだす。当たり前だ。今まで日常会話で「がーん」なんて言葉を使った人なんて、そんなに見ては来なかった。
けれど、ショックなものはショックだった。ショックというよりも衝撃というか、衝撃は英語にするとショックだっけ?じゃあショックなのか?と混乱してしまうくらいには衝撃で、その言葉を口にしたサソリくん本人は平然としている。


「なんでサソリくんはそんなに平然としてるの」
「なんではそんなに混乱してるんだ」


デイダラはそんなわたしたちの顔を交互に見てから、首の後ろをがりがりとかきながら、


「つーか、なんで旦那たちはそんなにのんびりしてるんだっつの」


次の授業始まるぜ。そう言って彼は思い切り背伸びをする。サッサッと軽い音をたてて黒板の文字が消されていく。わたしは黒板消しが他にないか探してみたけれど、デイダラが持っているのとサソリくんが持っているのと、その二つだけしかこの教室には無いようで、仕方が無く空になった両手をパンパンと叩き合わせ粉を落とした。














案の定黒板の天辺には二人して届かなかった。カカシ先生の身長が高すぎるのがいけないのだ。綺麗に上の方だけ残ってしまった文字を二人で見上げながらどうしようかと考える。こういう、なんでもない共同作業がひどく嬉しい。でも消せないのは、困った。


「椅子とか持ってくる?それとも誰かに頼む?」
「・・・そうだな、」


前者か後者かあるいは他の選択肢かをサソリくんが口に出そうとしたとき、ポンと頭を叩かれた。誰かは分かる。わたしとサソリくんが二人で話しているといつも会話の中に入ってくる彼だ。


「どうしたらいいかな、デイダラ?」


振り向けばデイダラは「うん?」と口角を上げて首をかしげる。言っている意味が分からなかったのだろう。黒板の天辺まで手が届かないから文字が消せないのだと説明すると、ああそれならとデイダラはわたしが手にしていた黒板消しをサラリと奪った。


「オイラが消してやるよ、うん」
「でもサソリくんもあと少しで届かなかったんだよ」
「サソリの旦那よりもオイラの方が背でけえんだよ」
「あ、そうなんだ」


初めて知ったことだった。デイダラのちょんまげは確かに普通よりも背が大きく見えていたけれど、しょっちゅうサソリくんの隣りに立っているデイダラは、サソリくんと同じくらいの身長に見えたのだ。


「わたしから見れば二人ともそんなに身長かわらないけど」
「あのな、二センチって結構でかいんだぜ・・・うん」
「二センチ・・・」


やっぱりかわらないのでは。言おうとするとデイダラは不機嫌そうに口をへの字にした。「あのな、二センチって、結構でかいんだぜ」言い聞かせるようにゆっくり、もう一度言う。未だに首を捻り続けているわたしと、既にデイダラを無視して他の場所を消し始めているサソリくんを交互に見てやっぱり口をへの字にすると、デイダラは「うん」と頷いて指を立てた。


「例えばミジンコがいるとする。ミジンコAくんとミジンコBくんだ。ミジンコAくんは一般的なミジンコと同じ・・・どれくらいだ、旦那?」
「二ミリ前後だろ」
「そう、それ。ミジンコAくんは二ミリ。で、ミジンコAくんとミジンコBくんとの身長差・・・この場合は体長差っつうのかね、うん?まあそれは二センチなわけだ。つまりミジンコBくんは二センチと二ミリ。そんなのもうミジンコじゃねーだろ。うん」
「何の話がしたいのデイダラ?ミジンコBくんがミジンコじゃないぞって話?」
「バーッカ、二センチって結構でかいんだぜ、っていう話だっただろ」


ああ、と頷くと、デイダラはようやく満足そうに笑んだ。話に付き合わず黒板の字を消していたサソリくんが静かにため息をついて「くっだらねぇ・・・」と洩らす。


「あいつらとオレらとじゃ単位が違うだろ」
「例えばだって言ってんだろ、うん」
「じゃあオレも例えばの話をするが」


サソリくんがこうやってデイダラの会話にのってくるのは珍しい。そんなにサソリくんのことを知っているわけではなかったけれど、隣りの席になってから少しずつ分かるようには、なってきたはずだった。こうやってデイダラの会話にのってくる上に、例え話をすると言う。さすがにデイダラも驚いたのか「な、なんだよ・・・うん」黙ってサソリくんの例え話を聞こうとしている。


「例えばキリンがいるとする。キリンAとキリンBだ。キリンAは一般的なキリンと同じ・・・どれくらいだと思う、デイダラ?」
「え・・・ええと」
「大体五メートル前後だ。キリンAは五メートル。それで、キリンAとキリンBとの身長差・・・この場合は体高差とでも言うのか?まあいい。まあそれは二センチなわけだ。つまりキリンBは五メートルと二センチ。別にたいしたことじゃねぇだろ。」
「ふん、何の話がしてぇんだよ旦那。キリンBは結局キリンでしたって話かい?」
「くだらねぇ。二センチなんてそんなかわんねぇだろって話だ」


心底くだらないことを話してしまったとでも思ったのだろう、言い終えるとサソリくんはぐしゃりと顔を歪めて不機嫌さを全面に押し出した。こんなにも顔が崩れたサソリくんはもしかしたら初めてかもしれない、そう思ってわたしはマジマジとサソリくんの顔を見つめてしまう。顔を歪めていても整っている。ほんとうにずるいなあ。胸の奥がじんわりぽかぽかしてくるのを感じて、わたしは視線をずらした。
サソリくんと同じようにどんなに顔を歪めたって整っているデイダラはサソリくんと同じように顔を歪め「単位が違うだろ」ぷんすかと怒っていた。


「なら実証してやるよ、うん」


そう言ってぐんと背伸びをする。デイダラが突き出した黒板消しは綺麗に黒板の天辺まで届き、サッという軽い音を立ててカカシ先生がさっき書いた文字を跡形も無く消して見せた。
おお、と感心しかけてからふと思い出す。そういえばサソリくんは別段背伸びをして黒板の字を消していたわけではなかった。それに比べてデイダラといえば周りの目が気にならないのか精一杯背伸びをして黒板の字を次々と消してゆく。二センチの身長差というよりは性格の差だと思った。けれど言わないでおく。どうやら男の子にとって身長というのはそれなりに大切なことらしいと、二人を見て思ったからだ。それなのに「サソリくんだってがんばって消せるよ」だなんてことを言ってしまえば、また二人は身長の定義らしきものについて言い争うのだろう。
仲が良いんだなあ、と思わず口元が綻ぶ。
そんなわたしをチラと見たサソリくんが何故か顔を歪めたので、わたしは首をかしげた。


「そういえば」


デイダラがピタリと手を止めてふとこちらを見下ろす。何事かとデイダラを見上げれば、


「そろそろ文化祭だってな、うん」


随分と機嫌が良さそうにそう言って笑った。釣られてわたしも笑ってしまう。そうなのだ、そろそろ文化祭なのだ。カカシ先生がさっき、言っていた。来週には文化祭のあれこれが決定されて、みんなで協力して成功させるのだ。単純なわたしはもちろん文化祭が大好きで、その言葉を聞いただけで浮かれてしまう。


「楽しみだね!でもデイダラ文化祭好きだったっけ?」
「いや、オイラは別にどっちでもねぇけど」
「うん?」
「だって、は好きだろ?」


そう言ってデイダラはまた笑う。デイダラがここまで機嫌が良いのも珍しくて、やっぱり釣られてわたしも笑ってしまう。デイダラは大切な友達だから、大切な友達が喜んでいるのを見るとわたしも嬉しくなる。さっきまでカカシ先生にあてられて怒っていたデイダラはどこに言ったのだろう。二人でニコニコ笑っていると、サソリくんのため息が聞こえたのでわたしは顔をそちらに向けた。


「ふん。文化祭で浮かれるのもいいが、その前にでっかいテストがあるだろ」
「・・・・え?」
「忘れてたのか?」


忘れていた。ひやり、冷や汗。
















#16 キリンの逆立ち



「がーん」


あまりにもショックだったのでわたしは思わず声に出してそのショック加減を伝えてしまった。それにデイダラがふきだす。当たり前だ。今まで日常会話で「がーん」なんて言葉を使った人なんて、そんなに見ては来なかった。
けれど、ショックなものはショックだった。ショックというよりも衝撃というか、衝撃は英語にするとショックだっけ?じゃあショックなのか?と混乱してしまうくらいには衝撃で、その言葉を口にしたサソリくん本人は平然としている。


「なんでサソリくんはそんなに平然としてるの」
「なんではそんなに混乱してるんだ」


デイダラはそんなわたしたちの顔を交互に見てから、首の後ろをがりがりとかきながら、


「つーか、なんで旦那たちはそんなにのんびりしてるんだっつの」


次の授業始まるぜ。そう言って彼は思い切り背伸びをする。サッサッと軽い音をたてて黒板の文字が消されていく。わたしは黒板消しが他にないか探してみたけれど、デイダラが持っているのとサソリくんが持っているのと、その二つだけしかこの教室には無いようで、仕方が無く空になった両手をパンパンと叩き合わせ粉を落とした。


休み時間終了を告げるチャイムを聞きながら、さてどうしようかと思った。テストは嫌だけれど、それ以上に気になることがあるからだ。
サソリくんは本当に、わたしに勉強を教えてくれる気なんだろうか。
いつかの約束を、思い出す。