喧嘩するほど、とは言うけれど、この二人の場合はどうだろう。
もちろん、仲が良いことには間違いないと思ってはいるけれど、身長の話といい一度言い合いになるとお互いが譲ることを知らないのだということをわたしは知った。


「だからめんどくせぇっつってんだろ」
「だから何でだっつってんだろ!うん!」
「ろくに勉強もしねーバカに付き合うほどオレは暇人じゃねぇ」
「勉強するから教えてくれって頼んでんじゃねーか」
「百歩・・・いや、千歩譲ってオレがお前に数学を教えてやったとしよう。・・・で、てめぇはオレに何を教えてくれる?化学か?物理か?それとも英語か?」
「・・・なんでオイラが」


冷静に、けれど半ば一方的に攻め立てるようなサソリくんに怯んでしまったのか、独り言を呟くようにデイダラが零すとそれまで無表情だったサソリくんの口元が静かにほころんだ。


「その言葉・・・そっくりそのままてめぇに返すぜ」


どう考えてもサソリくんの方に軍配は上がっている。悔しそうに表情を歪めるデイダラが可哀相とさえ思えてくるほどに。もっともサソリくんが正しいことを言っているのは否定のしようがないのだけれど。


「とにかくてめぇに構ってられるほどオレは暇じゃない。他あたれ」
「他って・・・誰がいんだよ。うん」


サソリくんを味方につけることをあきらめたのか、口を尖らせたデイダラがじっとサソリくんを見つめる。それに応えるように、サソリくんも真剣な顔でデイダラを見つめ返していた。二人の間に流れる沈黙に思わずわたしもごくんと喉を鳴らしてしまう。


「フン・・・クラスにいるじゃねーか、学年トップのやつがな」


くつくつと笑うサソリくんはなんだかとても楽しそうな顔をしていた。


















4時間目の数学が終わり、お昼休みに入った直後のことだった。
机と机の間を縫うように小走りでやってきたデイダラがサソリくんに「やっぱオイラに数学教えてくれ」と頼み込んできたのが事の発端で、それが思いのほか白熱していく様をわたしはぼうっと傍観していた。


「・・・旦那のやつ」


お財布と一緒に教室を出て行ったサソリくんの席にはデイダラだけが残された。サソリくんが最後に残したアドバイスが余程気に入らなかったのか、それとも言い負かされたことが悔しかったのか、眉間に皺を寄せたままデイダラはその場に立ち尽くしている。
仲が良いのか悪いのか、もちろん前者に決まっているのに、サソリくんがあんな風に言ってまでデイダラの申し出を拒む理由がわたしにはよくわからなかった。


「お前のせいだぞ。・・・うん」


「へ?」突如向けられた矛先に思わず間抜けな声を出してしまう。デイダラの大きな目が小さくわたしを睨んでいた。


先勝、とでもいうのだろうか。
サソリくんに数学を教えてほしいと頼んだのはわたしも同じだった。数学の成績だって、わたしもデイダラも下の部類に属していることは疑いようもなくて、間違いなく上の部類に属しているサソリくんの手に掛かればわたしに教えるのもデイダラに教えるのも、二人まとめて教えるのだって大きな違いはないように思えるのだ。
けれどサソリくんはそうしなかった。
もしもわたしがデイダラだったら、と少し想像してみるだけでとてつもなく気落ちしそうになってしまうような言葉でサソリくんは再びデイダラの申し出を一蹴したのだ。もしもも何も、初めからサソリくんはデイダラだけでなくただの傍観者となっていたわたしにも向けてあの言葉を放っていたのだとすればわたしはどうしようもなくばかでまぬけでプラス思考の楽天家、ということになってしまうのだけれど、おそらくそれはあり得ない。
だってサソリくんなのだ。
理由になっているのかいないのかはさて置いて、わたしにはそうとしか言いようがない。確かにサソリくんはわたしに言ったのだ、「面倒じゃない」と、はっきり、言ったのだ。サソリくんは嘘なんて吐かない。だってサソリくんなのだ。そんなサソリくんの言葉をわたしは信じずにはいられない。
だって、サソリくんなのだ。


「な・・・なんで?」


自分の席に腰掛けたままデイダラを見上げると瞬間、そっぽを向くようにデイダラの首が横に振られてわたしの視線を置き去りにする。


「どーせてめぇはサソリの旦那に教えてもらうんだろ」


廊下に視線を向けたままデイダラは静かに言った。この前も、今だってサソリくんは、もしかして忘れているんじゃないかと不安に思ってしまうくらい、わたしに数学を教えてくれることを一言たりとも口にしていないというのに、どうしてデイダラが確信めいてそんなことを言ったのかちっともわからない。


「黙ってりゃ気付かれないとでも思ったかい?・・・うん?」
「え・・・それは・・・その」
「だがまぁ断られちまったもんはしょうがねェ」
「・・・はぁ、」
「その代わりと言っては何だが・・・


すると素早くわたしを真っ直ぐに向いたデイダラがにやりと笑った。
その代わりも何も、どの代わりなのかわたしにはさっぱりわからなかったけれど、脈絡のないことを言うのはデイダラらしいといえばデイダラらしい。いったいどんな言葉が飛び出してくるのか、黙ったままでデイダラを見つめ返していると、


「お前はオレに負けたら何でも言うこと一つ聞くんだぞ。うん」


本当に、ひどく突飛なことをいう。


「え?」
「ってわけでてめーもせいぜいがんばるんだな。・・・うん」
「あっ・・・デイダラ」


おそらくサソリくんの後を追うのだろう、教室を出ていこうとするデイダラの背中を引き止めると、「うん?」くるりと振り向いたデイダラとぴたり視線が合致する。


「サソリくんの言ってた学年トップって・・・」


サソリくんの言っていた通り、学年トップがうちのクラスにいるということはわたしも知っていた。けれどわたしの記憶が正しければ学年トップの彼にデイダラは敵対心を持っていたような気がする。デイダラ本人から直接聞いたわけではないから本当かどうかはわからないのだけれど、疑う余地もないくらいにデイダラは彼のことを―――イタチくんのことを、ひどく敵視しているように思うのだ。


「・・・なんだよ」
「イタチくんのこと、だよね?」
「・・・うん?だからなんだってんだ」


案の定、イタチくんの話を出しただけでこれだ。ジロリとわたしに注がれる視線がちくちくと痛い。


「ううん、あの、イタチくんにお願いするの?数学のこと」
「はぁ!?」


突然大きな声を上げるデイダラに思わず目を丸くしてしまう。敵視しているというより嫌っていると言った方が正しかっただろうか。嫌悪感を露わにするデイダラを前にイタチくんの名前を出してしまったことに後悔する。


「旦那やあんなやつに頼らなくたってオイラはやりゃできるんだぜ?」


とてもじゃないけれどそうは思えなくて、曖昧に首を頷かせると「とにかくてめーは約束忘れんじゃねーぞ」やけに自信に満ちた笑顔を残してデイダラは教室を後にした。 わたしはと言えば、デイダラが言い残した”約束”の意味がわからずにぼんやりとしたままお弁当箱を片手に小南の席へと向かった。
















#17 a+b>c



「あ」


もしかしてあれがデイダラの言う”約束”だったのか。と、お弁当箱のふたを開けたときにふと気がついた。いったいどういうつもりであんなことを言ったのだろう。デイダラのことだ、下手をすれば1ヶ月くらい使い走りをさせられてしまうかもしれない。それとも、もっと別の目的があるのだろうか。


「どうしたの?


小さく声を零したわたしを不思議そうに小南が覗きこむ。


「ううん、なんでもない」


1ヶ月使い走りをさせられるのはごめんだけれど、そんな心配する必要なんてどこにもない。
だってわたしには、サソリくんがついている。