文化祭の前にテストだ、と落ち込んでいたけれど、裏を返せばテストさえ終わってしまえばあとは文化祭ということになる。一瞬で急上昇したモチベーションを武器に、ごしごし試験管を洗った。水が冷たくて気持ち良い。体を冷やすには手首を冷やすといいんだっけ?そんなことを考えながらごしごしごしごししていると、不意に、すぐ隣から小さな咳が聞こえた。思わずそちらを見る。意外にも彼はこちらをまっすぐ見つめていた。


「なあ。文化祭の空き時間、予定あるか?」
「・・・え?」
















「決められた液体と液体を混ぜるだけの作業が何で出来ねぇんだよ」


サソリくんは不機嫌だった。デイダラが勝手に予定された液体以外の液体をビーカーに入れてしまったからだ。どれだけ混ぜても一向に決められた色にならない液体をぐるぐるまわしながら、サソリくんはギロリとデイダラを睨み付ける。


「旦那には独創性が足りねぇんだよ、うん。こういうのは自分の感性に従ってやるもんだろ」
「そういうのは趣味でやれ。これは授業だろうが」
「生徒の独創性を尊重するのも授業だと思うぜ」
「フン、言ってろ。付き合いきれねぇ」


そんな二人の少し後ろに立って、どうしたものかとおろおろする。もともと遠目から見た分ではあまり仲が良くは見えないサソリくんとデイダラだったけれど、このごろ輪にかけて仲が悪くなってきたように思える。
いつもどおりの喧嘩の数が、なんだか増えてきた。デイダラはつまらないことでサソリくんに文句を言うし、サソリくんもデイダラに対して手厳しい。
喧嘩するほど、とは言うけれど、この二人の場合はどうだろう。前はもうちょっと、仲良しじゃなかっただろうか。クールだけど根は良い人なサソリくんと、何だかんだ言ってサソリくんに懐いているデイダラ。そんな構図だった気がする。ふたりでべったりして、いつもくだらない話ばかりしていたのだ。

いつからこういう風になったんだっけ?と首をひねってみるも、なかなか思い出せない。思い出そうとして頑張ったら数学の公式が抜けてしまいそうな気がして、仕方がなく中断した。


「と、とにかく二人とも、」


意を決して話しかけると、同時に二人がこちらを見る。相手にされないものだと思っていたので少し驚いた。まっすぐ向けられる赤と青にたじろぐ。


「実験、続けようよ」


それらを交互に見ながら提案してみれば、意外にもあっさりと喧嘩は終わってしまった。
デイダラは口を尖らせながらもきちんと決められた液体を別の試験管の中に注いでいるし、サソリくんは新しいビーカーを取りに棚に向かっている。ついさっきまであんなにおろおろしていた喧嘩は、あっという間に終わってしまった。二人の中ではじゃれあい程度のものだったのだろうか。


「おら、、お前も手伝えよ。うん」


自分が悪かったくせに態度だけは人一倍だ。普段からどんなに自分が悪くても決して謝ることをしないデイダラは、やっぱり今回もそうだった。いつものことなのでもう既に慣れている。そんなデイダラがかわいいなあと思ってしまうくらいだ。


「どれ混ぜればいいの?」
「これと、あとあそこの黄色いやつ」
「・・・ほんとに?」
「・・・・・・疑うなら勝手に疑えよ、うん」
「う、うそうそ!これと・・・えっと、あれだよね」


隣に立つと、意外にデイダラは背が高かった。ちょんまげのせいだろうか。ついこの間サソリくんとデイダラが身長云々の問題で口喧嘩をしていたときは、そんなに高く感じなかったのだけれど。


「テスト、こわいなあ」
「オイラが勝つに決まってるけどな」
「もー、まだこだわってる・・・負けず嫌いもほどほどにね」
「そんなんじゃねぇよ、うん!」


むう、と口をひん曲げたデイダラは、わたしから視線を試験管に移し、「約束してんだろ」と小さな声でつぶやいた。そこまでしてわたしにしてほしいことがあるのか。


「あの・・・ひとつ聞いてもいい?」
「ん?」
「デイダラが買ったら、わたし何すればいいの?」
「・・・」
「・・・」
「・・・お、まえ、それ言ったらおもしろくねーだろ、うん!」
「えー、そうかなあ・・・」
「そうに決まってんだよ!バーカ!」


な、ば、ばかって!と言い返そうとしたのだけれど、なぜかあからさまにうろたえたデイダラが傍にあった液体を試験管に入れたのが視界に入り「あっ」思わず声が出た。その液体は無色で、確か入れるはずの液体は・・・。
















「決められた液体と液体を混ぜるだけの作業が、何で、出来ねぇんだよ」


サソリくんは呆れ返っていた。デイダラが勝手に予定された液体以外の液体を試験管に入れてしまったからだ。結果、なにがどうしてそうなったのかはわからないけれど、試験管は爆発した。中に入っていた液体はあたり一面に飛び散り、デイダラはそれに対し妙に興奮してしまって、予備としておいてあった試験管もなぜか爆発した。コントのようだったわ、と少し前に小南が言っていたけれど、まさにそんな感じだったな、と思う。


結果として先生を怒らせてしまったデイダラと、そのとばっちりを受けたわたしとサソリくんは、揃って教室の掃除を命じられてしまった。次の授業に間に合うだろうか。いよいよ激化したサソリくんとデイダラの口喧嘩をBGMに、ごしごし試験管を洗う。最初は心配になったけれど、何だか慣れてきた。思いのほか二人が楽しそうに喧嘩をしているからかもしれない。なんだ、よかった、やっぱり仲良いんだ。最初はグー!の掛け声を、笑いをこらえながら聞いた。


「オイラの勝ち!旦那がゴミ捨てだな・・・うん」
「・・・チィ、調子のんなよデイダラ」
「勝ちは勝ち、負けは負けだろ」


どうやらゴミ捨てのじゃんけんをしていたらしかった。言ってくれればわたしが捨てに言ったのになあ、と思いつつ、何だか口を挟めないまま、サソリくんの後ろ姿を見つめた。明らかにイライラしたまま、ゴミ袋を両手に持って教室を出て行く。視線をデイダラにうつすと、じゃんけんに勝ったのがよほど嬉しかったらしい、誇らしげににんまりと笑いながら同じようにサソリくんの後ろ姿を見ていたけれど、ふとこちらに視線をうつしたので、バッチリと目があってしまった。デイダラは目を泳がせる。


「な、なに見てんだよ、うん」
「え、いや、べつに・・・なんでもない。ごめん」


旦那が帰ってくる前に試験管終わらせようぜ、と言ってデイダラが隣に立ったので、二人で黙々と流し台に向かうことになった。焼却炉は確かこの校舎からとても離れていて、のんびり行って帰ってくるとあっという間に休み時間が終わってしまう距離だった気がした。サソリくんのことだから、きっとすぐに帰ってくるとは思うけれど。次の授業の先生はたしか遅刻に厳しかったから、はやく終わらせてはやく教室に戻ろう。ごしごし、ごしごし、試験管を洗う。


「・・・悪かったな、うん」


暫くすると、隣から声が聞こえた。その言葉がまさか隣のこの人物から発せられたものだとは思えなくて、わたしはまじまじと見上げてしまう。


「・・・え、あ・・・何が?」
「居残り」
「あ、ううん・・・わたしもあんまり、手伝いできなかったし」
「ふん、鈍くせーな」
「ど、どん・・・」


デイダラは楽しそうにくつくつと笑った。休み時間は毎回毎回学校中騒がしくなるけれど、実験室のあるこの校舎は、普段あまり人がやってこない。シンと静まり返った教室に、水が流し台をたたく音だけが聞こえる。


「ええと・・・最近、デイダラとは数学のテストのことでぴりぴりしてたから」
「うん?」
「こうやって一緒に居残りするの、たのしいよ」


デイダラと一緒にいるのはたのしくて好きだ。安心するし、もっと一緒にいたいなあと思う。最近サソリくんの隣になれたことですっかり浮かれていたけれど、わたしはデイダラのことだって大事に思っているのだ。いつもちょっかいかけてくるし、口を開けばにくたらしいことしか言わないけれど、根は優しい人間だってこと、わたしは知っている。


窓ごしに、中庭で文化祭の作業をやっている生徒が見えた。どうして今まで気付かなかったのだろう。そうか、そうだ、そろそろ文化祭だ。すっかり忘れていた。


「・・・なんっで、お前はそう、」


デイダラは何かを言いかけたけれど、不自然に口をつぐんだ。


文化祭の前にテストだ、と落ち込んでいたけれど、裏を返せばテストさえ終わってしまえばあとは文化祭ということになる。一瞬で急上昇したモチベーションを武器に、ごしごし試験管を洗った。水が冷たくて気持ち良い。体を冷やすには手首を冷やすといいんだっけ?そんなことを考えながらごしごしごしごししていると、不意に、すぐ隣から小さな咳が聞こえた。思わずそちらを見る。意外にも彼はこちらをまっすぐ見つめていた。


「なあ。文化祭の空き時間、予定あるか?」
「・・・え?」
















#20 反転



どうしてそんなことを聞かれたのか分からなくて、ぱちくりと瞬きをする。


「なんで?」
「・・・なんでって、別になんでだっていいだろ・・・うん」
「うん、別に良いけど」
「別によくねーんだよ!うん!」
「ど・・・どっちなの・・・」


デイダラは口をひん曲げたまま力任せに試験管を洗っている。「予定、ないよ」と答えると、彼はごしごしごしごし試験管をこすりながら、ちらりと視線だけこちらに寄越した。


「・・・じゃあ、一緒にまわろーぜ」
「えっ、うん、いいよ」
「え、いいのかよ?」
「うん」


文化祭のことは、本当になにも決めていなかった。空き時間があったらいろんな教室を小南とまわろうかなあ程度に考えていたけれど、デイダラに誘ってもらえたなら、デイダラと行く。さっきもこんなことを言ったけれど、デイダラは大事な友達だからだ。
承諾したはずが、なぜかデイダラは不服そうに口を尖らせている。


「ど、どうかした?」
「数学・・・お前に勝ったらそれにしようと思ってたんだよ、うん」
「それって、文化祭?一緒にまわるってやつ?」
「・・・」
「・・・そんなことだったんだ」
「そんなことって何だよ、うん!」
「だってそんなまわりくどいことしなくても、言ってくれたら一緒にまわるのに」


デイダラは口をぐにゃぐにゃにして、何か言いたげにわたしを見ている。にらんでいる、といってもいいくらいだ。わたしはその青を見つめ返す。サソリくん遅いなあ、と思う。サソリくんが遅刻してしまって、先生に怒られるのはいやだなあ、と。


ぷいと視線をはずされた。「さっさと片付けよーぜ、うん」小さな声でそう言いながら、ごしごし試験管を洗っている。わたしはタオルを手に取り、試験管をひとつひとつ拭いていく。チラリ、視界の端に、子供っぽくはにかみ笑いを浮かべているデイダラがうつった。